近年、環境問題への意識の高まりから、さまざまな分野でサステナブルな取り組みが求められています。印刷業界においても例外ではなく、環境負荷を低減するための技術開発が進められてきました。その代表的な存在が「植物油インキ」です。
この記事では、環境に配慮した印刷を実現する植物油インキについて、その定義からメリット・デメリット、関連するマークの意味、そして混同されやすいバイオマスインキとの違いまで、詳しく解説していきます。企業の環境報告書やパンフレット、商品パッケージなど、私たちの身の回りでも目にする機会が増えている植物油インキについて理解を深め、適切な選択ができるようにしましょう。
環境負荷低減と高品質な印刷を両立させる選択肢として、植物油インキは多くの印刷物で採用されています。ここでは、植物油インキの基本的な定義から、導入するメリット、そして考慮すべきデメリットについて詳しく見ていきましょう。
「植物油インキ」とは、インキ中に含まれる油成分(展開剤)の一部として、従来の石油系溶剤の代わりに、再生産可能な大豆油、亜麻仁油、桐油、ヤシ油、パーム油などの植物油、及びそれらを主体としたエステルなどを利用した印刷インキのことを指します。
印刷インキは、主に「顔料」「樹脂」「油(溶剤・ワニス)」「補助剤」の4つの成分から構成されています。このうち、油成分がインキの流動性や乾燥性、光沢などを決定する重要な役割を担っています。
従来のオフセットインキでは、この油成分に石油系溶剤が多く使用されてきました。しかし、石油系溶剤は枯渇性資源であるだけでなく、揮発性有機化合物(VOC: Volatile Organic Compounds)を放出し、光化学スモッグなどの大気汚染の原因となることが指摘されています。
そこで、環境負荷を低減するために開発されたのが植物油インキです。
印刷インキ工業会では、植物油インキについて明確な定義を設けています。
この基準を満たしたインキのみが、後述する「植物油インキマーク」を表示することが許可されます。
植物油インキの開発は、1970年代のオイルショックを契機に、石油への依存度を低減する目的でアメリカで始まりました。当初は大豆油を使用した「ソイインキ(Soy Ink)」が主流でしたが、その後、さまざまな植物油が利用されるようになりました。
日本においては、1990年代後半から環境問題への関心の高まりとともに普及が進みました。特に、VOC排出規制の強化や、企業の環境報告書(CSRレポート)発行の増加、グリーン購入法の施行などが、植物油インキの採用を後押ししました。現在では、多くの印刷会社やインキメーカーが植物油インキを取り扱い、環境配慮型印刷のスタンダードとなりつつあります。
植物油インキの導入は、環境面だけでなく、印刷現場やリサイクルの観点からも多くのメリットをもたらします。
最大のメリットは、環境負荷の低減です。
作業環境の改善: VOCの排出量が少ないため、印刷オペレーターの健康負荷を軽減し、より安全な作業環境を実現できます。特有の刺激臭も少ない傾向にあります。
脱墨性の向上: 古紙リサイクルの工程において、インキを繊維から分離させる「脱墨」というプロセスがあります。植物油インキは、石油系インキよりも一般的に脱墨性が良好であるとされ、リサイクルパルプの品質向上に寄与します。
前述の通り、植物油インキは脱墨性が比較的高いため、古紙から高品質な再生紙を作りやすくなります。これは、限りある資源である紙のリサイクルを促進し、持続可能な社会の実現に貢献する重要な要素です。環境ラベル「エコマーク」においても、印刷物に関する認定基準の中で、植物油インキの使用が推奨されています。
多くのメリットを持つ植物油インキですが、導入にあたってはいくつかのデメリットや課題も存在します。
植物油インキは、一般的に石油系インキと比較して乾燥が遅い傾向があります。特に、酸化重合(空気中の酸素と反応して固まる)によって乾燥するタイプのインキの場合、乾燥時間が長くなることがあります。
これにより、以下のような問題が発生する可能性があります。
植物油インキは、原料となる植物油の価格変動や、製造工程の違いから、従来の石油系インキと比較してコストが高くなる傾向があります。特に、特定の機能(速乾性、高耐摩擦性など)を付与した高性能な植物油インキは、価格差が大きくなる場合があります。
しかし、環境規制の強化や企業のCSR活動の推進により、環境対応コストとしての認識が広がりつつあります。また、大量生産によるコストダウンや、技術開発による価格差の縮小も進んでいます。印刷物の種類やロット数、要求される品質によっては、コスト差がそれほど問題にならないケースも増えています。
インキの種類や用途によっては、植物油インキの耐摩擦性(こすれに対する強さ)が石油系インキに劣る場合があります。例えば、頻繁に手に取られるパンフレットや、輸送中にこすれやすいパッケージなどでは、表面保護のためのニス引きやラミネート加工が必要になることがあります。
植物油インキを使用した印刷物には、その証明として特定のマークが表示されていることがあります。このマークの意味を正しく理解し、活用することは、環境に配慮した製品選びや企業活動において重要です。また、よく似た概念であるバイオマスインキとの違いについても解説します。
印刷物で見かける「植物油インキマーク」は、その印刷物が環境に配慮した植物油インキを使用して作られていることを示すシンボルです。
2008年制定の植物油インキマーク制度は、大豆油以外の植物油や再生植物油も対象とし適用範囲を拡大しました。植物油インキは生分解性がありVOC排出が少ないため環境負荷低減に貢献します。この制度は広く普及しており、2021年には安全性・環境配慮を強化するためNL規制準拠も基準に追加されました。
このマークを使用するには、印刷インキ工業会が定める以下の基準を満たす必要があります。
この認証プロセスにより、マークが表示されている印刷物は、信頼できる基準に基づいて植物油インキが使用されていることが保証されます。
植物油インキマークは、私たちの身の回りのさまざまな印刷物で目にすることができます。
マークが表示されている代表的な印刷物には、以下のようなものがあります。
これらの印刷物の奥付(書籍の最後にある発行情報などが記載された部分)や、目立たない隅などにマークが表示されていることが多いです。
植物油インキは、英語で「Vegetable Oil Ink」と表現されることから、一般的に「ベジタブルインキ」や「ベジタブルオイルインキ」と呼ばれることもあります。そのため、「ベジタブルインキ 商品」といったキーワードで検索されることも少なくありません。
特に、大豆油を主原料としたものは「ソイインキ(Soy Ink)」と呼ばれ、アメリカなどではこちらの名称の方が広く知られています。日本で「植物油インキ」という呼称が定着しているのは、大豆油以外の亜麻仁油や桐油なども使用されている実態を反映したものです。
いずれの名称で呼ばれていても、印刷インキ工業会の基準を満たしていれば、環境配慮型のインキであることに変わりはありません。
近年、「バイオマスインキ」という言葉も聞かれるようになりました。植物油インキと混同されやすいですが、定義や目的が異なります。
植物油インキ: 主にインキの「油(溶剤・ワニス)」部分に、植物由来の油を規定量以上使用したインキ。
バイオマスインキ: インキを構成する成分(樹脂、油、添加剤など)のうち、生物由来の再生可能な有機資源(バイオマス)を、乾燥重量で規定の割合(一般的に10%以上、うち植物由来原料10%以上など、マークによって基準は異なる)以上含むインキ。
つまり、植物油インキは「油成分」に着目しているのに対し、バイオマスインキはインキ全体の「バイオマス含有率」に着目しています。
バイオマスインキの原料には、植物油だけでなく、米ぬか、大豆油、ヤシ油、廃食油、藻類など、より広範な生物由来資源が含まれる可能性があります。樹脂成分に植物由来のものを使用している場合なども、バイオマスインキに該当します。
植物油インキ: 主な目的は、石油系溶剤の使用削減によるVOC排出抑制と、枯渇性資源への依存度低減。カーボンニュートラルへの貢献も期待される。
バイオマスインキ: より広範な生物由来資源を活用することで、化石資源への依存度をさらに低減し、カーボンニュートラルや循環型社会の実現への貢献を目指す。
植物油インキは、バイオマスインキの一種と捉えることもできますが、それぞれ定義や認証マーク(ライスインキマーク、ボタニカルインキマークなど)が異なります。
どちらのインキが優れているという単純な比較はできません。
印刷物の目的や、企業が目指す環境目標、コストなどを総合的に考慮して、最適なインキを選択することが重要です。近年では、植物油インキであり、かつ高いバイオマス度を持つインキも開発されています。印刷会社やインキメーカーに相談し、詳細な情報を確認することをおすすめします。
本記事では、環境配慮型印刷の代表格である「植物油インキ」について、その定義、メリット・デメリット、関連するマークの意味、そしてバイオマスインキとの違いを詳しく解説しました。
持続可能な社会の実現に向けて、印刷物においても環境への配慮はますます重要になっています。植物油インキは、その有効な選択肢の一つです。この記事で得た知識をもとに、ぜひ身の回りの印刷物や、今後の印刷物制作に活かしてください。
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