シールやラベルの台紙、両面テープの保護シート、湿布薬のフィルム。
私たちの身の回りには、貼られているものを使い終わるとすぐに捨てられてしまう「剥離紙(はくりし)」が数多く存在します。
一見すると単なる「裏紙」や「台紙」に過ぎないこの素材は、実はエレクトロニクス、自動車、医療、建築、そして急成長する物流業界といった現代産業の根幹を支える、極めて高度に設計された機能性部材です。
その品質は、最終製品の性能や製造ラインの生産性を大きく左右します。
この剥離紙は、粘着面を保護するという基本的な役割を超え、製造プロセスにおける「工程紙」としての機能や、製品に特定の性能を付与する「機能部材」としての役割も担っています。
その背後には、緻密な材料科学と加工技術の結晶があります。
現場で活躍されるプロフェッショナルの方々に向けて、剥離紙の基礎知識から、その構造、素材、多様な用途、さらには業界全体で取り組むリサイクルや市場動向といった最新情報までを網羅的に解説します。
この「縁の下の力持ち」とも言える剥離紙への深い理解は、貴社の製品開発、コスト最適化、そしてサステナビリティ戦略の推進において、確かな競争力となるでしょう。
剥離紙の世界は、見た目のシンプルさとは裏腹に、用途に応じて最適化された複雑な技術で成り立っています。
ここでは、その根幹をなす構造、素材の科学、そして多様な製品形態を支える加工技術について、専門的な視点から深く掘り下げていきます。
まず、「剥離紙とは何か」という基本的な問いから始めましょう。
剥離紙とは、その名の通り「剥がす」ことを目的とした紙やフィルムのことです。
粘着剤が塗布された製品の粘着面を保護し、使用する直前まで汚れや品質劣化を防ぐ台紙としての役割を果たします。
業界では「離型紙(りけいし)」や「セパレーター」とも呼ばれ、紙の色から「黄セパ(きせぱ)」、「白セパ(しろせぱ)」といった通称で呼ばれることもあります。
その基本構造は、主に2種類に大別されます。
この「バリア層」の存在が、剥離紙の性能を理解する上で極めて重要です。
紙は本来、繊維が絡み合った多孔質な素材であり、液体を吸収しやすい性質を持っています。
そのため、液状の剥離剤(後述するシリコーンなど)を直接塗工すると、基材である紙に染み込んでしまい、均一な剥離層を形成できません。
その結果、剥離力が不安定になったり、剥離性能そのものが失われたりするのです。
この問題を解決するために開発されたのが、三層構造です。
基材の上にポリエチレン(PE)の薄い膜をラミネートしたり、クレー(粘土)を主成分とする塗料を塗布したりすることで、剥離剤の浸透を防ぐ バリア層を形成します。
この技術革新により、コストパフォーマンスに優れた紙を基材としながらも、安定した高い剥離性能を実現することが可能になりました。
つまり、剥離紙は単なる素材の組み合わせではなく、素材間の相反する性質を克服するための「エンジニアリングの産物」なのです。
この構造の違いは、製品選定における重要な判断基準となります。
例えば、環境負荷を低減したい場合には、プラスチックであるポリエチレンラミネートを使用しない二層構造の剥離紙が「脱プラ」「減プラ」の観点から注目されています。
剥離紙の性能は、「基材」「剥離剤」「バリア層」の組み合わせによって無限にカスタマイズされます。
ここでは、その中核をなす「基材」と「剥離剤」について詳しく見ていきましょう。
基材は剥離紙の骨格となる部分で、紙系とフィルム系に大別されます。
これらの特性をまとめた比較表を以下に示します。
基材の種類 | 主な特徴 | メリット | デメリット | 主なBtoB用途 |
---|---|---|---|---|
グラシン紙 | 高密度、平滑、耐熱性、耐油性、透明性 | バリア層不要で直接塗工可能、薄くても強度がある | 湿気に弱くカールしやすい | 工業・食品用プロセスシート、高速ラベリングマシン用台紙 |
ポリラミ紙 (上質紙/クラフト紙) | PEラミネートによるバリア層を持つ | 防水性、表面特性の制御が容易、コスト効率が良い | 耐熱性が低い(PEの融点は約110℃)、プラスチックを含む | 一般的なラベル・シール台紙、包装用途 |
PETフィルム | 高強度、高耐熱性、寸法安定性、透明性、クリーン性 | 精密な加工が可能、過酷な環境に耐える | 紙系に比べ高コスト、柔軟性に欠ける場合がある | 電子部品・半導体工程用、光学フィルム保護、医療用 |
PP/PEフィルム | 柔軟性、耐水性、耐薬品性、コスト効率 | 曲面への追従性が良い、軽量 | 耐熱性・寸法安定性がPETに劣る | 保護フィルム、建材、安価なテープ用ライナー |
剥離剤は、剥離紙の「剥がれやすさ」を決定づける最も重要なコーティング層です。
シリコーンは、その分子構造から揮発(アウトガス)したり、接触面へ移行(マイグレーション)したりする性質があります。
この目に見えない微量のシリコーンが製品表面に付着すると、その後の工程に深刻な影響を及ぼします。
これらの分野では、たった一枚の剥離紙が原因で、生産ラインの停止や大規模なリコールに繋がるリスクがあります。
そのため、非シリコーン系の剥離紙を選定することは、単なる材料選択ではなく、重大な製造リスクを回避するための戦略的な意思決定となるのです。
剥離紙は、その供給形態や加工方法によっても、使われ方が大きく異なります。
そして、特に両面テープの分野で剥離紙の機能性を飛躍的に高めたのが「異差剥離(いさ はくり)」という技術です。
両面テープは、粘着剤の両面を保護するために剥離紙が用いられます。
この時、もし剥離紙の表裏の剥離力が同じだと、どうなるでしょうか。
一方の剥離紙を剥がして製品に貼り付けた後、もう一方の剥離紙を剥がそうとした際に、先に貼り付けたテープごと製品から剥がれてしまう可能性があります。
これでは作業性が著しく悪化し、特に自動組立ラインでは致命的な欠陥となります。
この問題を解決するのが「異差剥離」です。
これは、剥離紙の表と裏で剥離力に意図的に差をつける技術です。
例えば、片面を「軽剥離」、もう片面を「重剥離」に設定します。
これにより、まず軽剥離側を剥がしてテープを第一の被着体に貼り、次に重剥離側を剥がして第二の被着体に貼り付ける、という作業が確実に行えるようになります。
メーカーによっては、この剥離力の比率を1:3といった具体的な数値でコントロールすることも可能です。
この異差剥離技術は、剥離紙が単なる「保護材」ではなく、製品の組み立てプロセスを能動的に制御する「機能部材」であることを示す好例です。
この技術があるからこそ、複雑な構造を持つ電子機器や自動車部品の効率的な生産が可能になるのです。
剥離紙の技術的な側面を理解した上で、次にその具体的な応用、実践的な使い方、そしてビジネス環境における位置づけを見ていきましょう。
剥離紙は、その優れた機能性から、幅広い分野で活用されています。
剥離紙や、それを使った粘着テープをきれいに剥がすことは、時に難しい作業です。
特にBtoBの現場では、製品や部材を傷つけずに作業を行うための知識が求められます。
無理にラベルの端を爪でめくろうとすると、ラベル自体を傷つけたり、粘着剤が指に付着したりします。
プロの現場では、ラベル側ではなく、剥離紙(台紙)側を鋭角に折り曲げるのが基本です。
これにより、ラベルの端が自然に浮き上がり、簡単につまむことができます。
どうしても剥がしにくい場合は、セロハンテープなどを剥離紙の端に貼り付け、それを引っ張ることで剥離紙だけをめくるという方法も有効です。
一度貼り付けた強力な両面テープを剥がす作業は、多くの現場での悩みどころです。
以下に有効な手法を体系的に紹介します。
剥離紙は高品質なパルプから作られており、本来は貴重な紙資源です。
しかし、そのリサイクルは長年、業界の大きな課題でした。
剥離紙のリサイクルを阻む最大の壁は、表面にコーティングされたシリコーンです。
製紙工程では、古紙を水に溶かしてパルプ繊維に戻しますが(離解)、シリコーンは耐水性が高く、この工程でうまく繊維から分離しません。
分離しきれなかった微細なシリコーン粒子が再生紙に混入すると、印刷不良や紙の強度低下といった品質問題を引き起こすため、多くの製紙工場で受け入れが敬遠されてきました。
その結果、日本では年間13.9億平方メートル(東京ドーム約3万個分に相当)もの膨大な量の剥離紙が、資源として有効活用されることなく、焼却・埋め立て処分されてきたのです。
この状況を打破すべく、近年、国内外で剥離紙のリサイクルを推進する動きが活発化しています。
日本では、2023年5月に一般社団法人ラベル循環協会(J-ECOL)が設立されました。
これは、製紙メーカー、ラベル印刷会社、粘着製品メーカー、そしてラベルを使用するエンドユーザーまで、バリューチェーンに関わる企業が一体となって資源循環モデルの構築を目指す画期的な取り組みです。
J-ECOLは、排出事業者とリサイクル企業をマッチングさせ、QRコードを活用したトレーサビリティシステムを構築することで、年間約9万3,000トンの剥離紙を確実に回収・再資源化することを目指しています。
回収された剥離紙は、段ボールや建材などの原料として生まれ変わります。
こうした業界横断的なリサイクルへの動きは世界的な潮流です。
欧州では、CELAB (Circular Economy for Labels) というコンソーシアムが活動しており、2025年までに使用済み剥離紙・マトリックス(ラベルの抜きカス)の75%以上を循環型ビジネスモデルに乗せるという野心的な目標を掲げています。
欧州全体の現在のリサイクル率は約50%と推定されています。
個別の企業レベルでも、フィンランドのUPM社が欧州で展開する「LinerLoop」プログラムや、日本のサトー社が北上事業所で年間19トンの剥離紙をリサイクルする取り組みなど、具体的な活動が始まっています。
組織/プログラム名 | 地域 | 主な目標/内容 | 主要メンバー/パートナー |
---|---|---|---|
ラベル循環協会 (J-ECOL) | 日本 | 年間約9万3,000トンの剥離紙の再資源化。 QRコードによるトレーサビリティ確立。 |
日本製紙, リンテック, サトー, 村田製作所, 大阪シーリング印刷など |
CELAB | 欧州、北米 | 2025年までに使用済み剥離紙・マトリックスの75%以上を循環型モデルへ移行。 | Avery Dennison, UPM Raflatac, Mondiなどラベル業界のバリューチェーン全体 |
UPM LinerLoop | 欧州 | 使用済み剥離紙を回収し、再び剥離紙として再生するクローズドループリサイクル。 | UPM社が主導するパートナーシップ |
サトー 北上事業所 | 日本 | 自社工場から排出される剥離紙(年間約19トン)をリサイクル。 | サトー株式会社 |
これらの動きは、剥離紙の廃棄がもはや避けられないコストではなく、業界全体で解決すべき共有の経営課題であり、新たなビジネス機会でもあるという認識が広がっていることを示しています。
技術面でも、シリコーンを容易に分離できる「水溶性の中間層」を設ける技術が大学で開発されるなど、リサイクルを前提とした製品設計が進んでいます。
剥離紙は、その重要性の高まりとともに、一つの巨大なグローバル市場を形成しています。
紙に様々な機能を付与した機能紙を新素材としてさまざまな企業が導入を検討しています...
現在の剥離紙市場は、二つの大きな潮流の中にあります。
一つは前述の「サステナビリティ」への強い要請です。
リサイクル可能な素材への転換、廃棄物そのものをなくす「ライナーレスラベル」の開発、そして循環型経済への移行は、もはや無視できない市場のルールとなっています。
もう一つのトレンドは「ダウンゲージング(薄肉化)」です。
環境負荷低減とコスト削減の観点から、より薄い剥離紙への需要が高まっています。
かつては65g/㎡が標準だったグラシン紙が、現在では10g/㎡以上も薄くなっています。
しかし、薄くしながらも、高速なラベル貼付機に対応できる強度や、精密な型抜き(ダイカット)に耐える寸法安定性を維持する必要があり、メーカーには高度な技術力が求められます。
この「Eコマースによる需要増」と「サステナビリティによる廃棄物削減要求」という、一見矛盾する二つの巨大な力が、剥離紙市場の技術革新を強力にドライブしています。
このパラドックスを乗り越え、高機能かつ環境配慮型の製品を供給できるメーカーが、今後の市場をリードしていくことになるでしょう。
剥離紙市場は、グローバルに事業を展開する大手化学・製紙メーカーによって牽引されています。
今回は特殊紙と機能紙の違いについて、定義や特長、具体的な使用例を交えながら解説します...
本稿では、「剥離紙」というテーマについて、その基本的な定義から、構造、素材、応用技術、そしてリサイクルや市場といったビジネスを取り巻く環境までを包括的に解説してきました。
最後に、本稿の要点を改めて整理します。
国際紙パルプ商事が運営する「SHIFT ON」では、本稿でご紹介した剥離紙のように、特定の性能を持つ「機能紙」を幅広く取り扱っています。
実は、紙の可能性は剥離紙だけにとどまりません。撥水性や耐油性、さらには導電性を持つものまで、あなたの製品開発や課題解決のヒントとなるユニークな機能紙が数多く存在します。
「こんな機能を持つ紙があったのか!」 「自社の製品にも応用できるかもしれない」
そう感じたあなたのために、剥離紙を含む様々な機能紙の種類や特徴、そして具体的な用途までを網羅した、わかりやすいまとめ資料をご用意しました。
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